松岡質問七〇項目中の三一から三五
(三一)本来ならば、日顕は、早瀬日慈の長男を法道院の後継主管に任命する際、なぜ前主管の息子を後継主管に任命したのか、なぜそれが世襲にあたらないのか、について宗内外に客観的に説明しなければならなかった。それでこそ「寺院世襲の厳禁」を標榜する宗派の法主であろう。過去の実績や僧階等によって厳正に人選を行った場合、早瀬よりも適任と目される高僧や能化は、他に幾人もいたと思われる。しかるに日顕は、早瀬親子の「世襲」を否定するに足る、正当な理由を全く示さなかった。それはどうしてか。
なお、早瀬日如の後任の法道院主管には総監の八木日照が任命され、その八木のいた総本山塔中の妙泉坊に、八木の娘婿である宗形道玄が入った。あまりに露骨な、寺院世襲の人事と言えよう。宗形の屈折した性格や力量不足は、山内の誰もが認めるところである。八木の娘婿と言うだけで、人望も力もない宗形が妙泉坊住職の座を譲り受ける――宗門の血族主義もここまで来たか、と慨嘆せざるをえない。
また日顕の長男である阿部信彰は、日顕の娘婿にあたる早瀬義純が早世した後、義純が住職を務めていた大寺院・東京都板橋区の妙国寺の住職を引き継いでいる。これなども、寺院世襲と同じ類の、寺院の血族支配にあたると言えよう。「違う」と言うのならば、
(三二)なぜ、阿部信彰を適任者として妙国寺住職に任命したのか、その正当な理由を明らかにせよ、
と日顕に問い質したい。阿部信彰については、その異常な人間性に宗内僧侶の大半が辟易している。彼が東京都内の寺院に入ったり、宗務院の庶務部長になったりしたのは、ひとえに「親の七光り」に他ならない、と考えられている。
信彰が宗務院幹部に登用され、大寺院の住職に抜擢されたのは、日顕が管長在任中の出来事である。日顕には、不公平な血族主義を宗内にはびこらせた嫌疑がかけられているのである。私の質問の数々に潔く答えよ.
一、渋谷区松涛の大石寺出張所について「内部は贅を尽くした本格的な京風建築であり、松の銘木を使った回廊に和風庭園、大理石張りの浴室、一千万円のシステムキッチン、大邸宅用の床暖房、壁には一千万円の『備長炭シート』まである、という人もいる。これらは本当の話なのか、ウソなのか」と私が問い質したことに対し、日顕は「デタラメを言うにもほどがある」「日蓮正宗の僧俗は、大石寺の出張所が質実な建物であり、適正に運用されていることを了知している」(十二月十三日付文書一一八、一一九頁)と、理由も示さずに全面否定している。私は、あくまで事実確認のために質問をしただけである。質問を頭からデタラメと決めつける日顕の思考は、明らかに錯乱している。
それはともかく、松涛の出張所の内部に関しては、すでに平成十一年の五月十七日付、並びに同年十一月十七日付の『創価新報』が詳細に報道しており、私の事実確認のための質問内容もそれに基づいている。同紙の記事は、実際に松涛の出張所の内部を見た「関係者」の証言によっている。都内随一の高級住宅地に立つ、約三百五十坪の同出張所の取得に約二十六億円かかったというのは、同紙によれば、購入に十五億円、改修に一億円、その後の建て替えに十億円が使われたからだという。非常に客観的な、理に適った説明である。改めて日顕に問う。
(三三)どんなに低く見積もっても二十億円は下らない松涛の出張所が、どうして『質実な建物』と言えるのか。
(三四)大理石張りの浴室、一千万円のシステムキッチン等々の報道が「デタラメ」「狂人の勝手な憶測」であると言うのならば、なぜ松涛の出張所を宗内の一般僧侶や信徒に広く公開し、そのことを立証しないのか。
(三五)日顕は、渋谷区松涛の出張所の入仏式で「種々の会合等も執り行っていく」と公言したが、結局は一度も松涛の出張所で信徒の会合を開催しなかった。公約を破った理由は何か。
一、『日顕宗学批判』では、僧侶妻帯の弊害を論ずる中で、日顕の妻・政子が平成二年から三年にかけて、京都の超高級オートクチュール、エステサロンなどで約二億円の散財をしていたという疑惑があることを指摘し、「本当なのかウソなのか」と質問した。しかるに日顕側の回答は、「御法主上人の夫人におかれては……必要に応じて京都において、極めて常識的な買い物等をされたことがあるとのことである」(十二月十三日付文書一一六頁)というものだった。ならば問う。