Soka Spirit

阿部日顕への公開質問状

松岡質問七〇項目中の 二一から二五

(二一)阿部日顕は、歴代先師の多くがそうしたように、なぜ本山の坊や宗門の末寺等において隠居後の生活を送らないのか。

(二二)阿部日顕は、なぜ日亨上人の雪山荘生活のように質素な田舎の隠居暮らしを行わず、東京都内でも屈指の高級住宅地で、大富豪が住むような邸宅に暮らしているのか。

(二三)阿部日顕・政子の夫婦は、日頃は総本山の蓮葉庵に住み、上京の際には渋谷区松涛の大石寺出張所の一室を借りるか、板橋区内の長男の寺(妙国寺)に泊まる、という方法をとることもできる。なぜそうしないのか。

(二四)渋谷区内に別の大石寺出張所を作った時点で、阿部日顕は、なぜ世田谷区内の旧大石寺出張所の方を速やかに売却しなかったのか。つまり、この数年間、なぜ都内に二つも大石寺出張所とみなしうる施設を持ち続ける必要があったのか。

一、口にするのも汚らわしいが、私が「(遊興目的の)〝パイプカット手術そのものを絶対にしていない〟と言明してほしい」と要求したことに対し、日顕は「当然このような事実はない」と否定した。そして、「身体のプライバシーに関わる、しかも〝遊興目的〟の避妊手術をしたかしないかなどという下品な質問について、事実関係を確認もせずに本にして出版するという汝の神経は、もはや常人ものではない」(十二月十三日付文書一二二頁)と述べ、私を強く非難した。しかし私は、日顕のパイプカット手術を事実と断定したのではなく、むしろ事実を知りたいがために日顕に質問したのである。この問題について、事実関係を確認する方法は一つしかない。それは、日顕自身が信頼できる医療機関から「阿部日顕の身体に、パイプカット手術を行った形跡は認められない」という専門医の診断書をもらい、公開することである。『同盟通信』が平成五年六月に初めてこの疑惑を取り上げた頃、日顕は七〇歳だった。その時点で即座に精子確認等の検査を受け、憂宗護法同盟を名誉毀損で訴えていれば、日顕は間違いなく勝訴し、失墜した名誉を回復できたに違いない。

(二五)今頃、私に対し「人権尊重のかけらもない」「下卑た本性」「腐った性根」などと激怒するのなら、なぜ平成五年の疑惑発生時に専門医の一枚の診断書が取れなかったのか。そして、なぜ速やかに名誉毀損の訴訟を起こさなかったのか。

またパイプカット疑惑を全面否定する以上、日顕は、噂の出所になった高野永済(後の高野日海)と大村寛子(大村日統の妻)との両名に対し、公式謝罪を強く要求すべきである。今や猊座を降りたのだから、面目にこだわる理由もなかろう。日顕に告ぐ。大石寺法主の尊厳性を守りたいのなら、速やかに私の質問に答え、宗内外の疑念を晴らすべきである。

一、日顕の面目と言えば、この機会にもう一つ、はっきりさせたいことがある。平成六年に発行された憂宗護法同盟著『法主の大醜聞』(イースト・プレス社刊)において、阿部日顕の父親は六〇世の阿部日開ではなく、後に常泉寺住職を務めた高野法玄(能化名は日深)である、という驚愕すべき疑惑が発覚した。この疑惑が真実だとすれば、彦坂信夫(後の阿部日顕)は彦坂スマ(後の阿部妙修)と高野法玄との間に出来た子供だったが、後に阿部日開の子として認知された、ということになる。

断っておくが、私は出生の秘密を持った人を不当に差別する気持ちなど、毛頭持っていない。しかしながら日顕の場合、「法主の子息」という〝毛並みの良さ〟をアピールして、宗門内の出世コースを駆け上がっていったと言われる。その意味で、もし日顕が日開の実子でなかったとするならば、日顕は偽りの〝血統〟を多分に利用して宗門の教学部長や宗務総監の職、引いては法主の座を射止めたのではないか、とも思えてくる。

すなわち、この疑惑は、よく世間で騒がれる経歴詐称と同質の問題をはらんでいると言わねばならない。しかるに日顕は、先の『法主の大醜聞』の告発に対し、今日に至るまで十一年余り、口をつぐんだままである。そこで私は、経歴詐称に準ずる〝血統詐称〟の疑惑を糾明するという意味から、日顕に対し、次の質問を行う。