―三大秘法義の理論的公開過程に関する考察を踏まえて―
青年僧侶改革同盟 松岡雄茂
当サイトでは、「松岡論文」を9回にわけて日本語及び英語にて連載します。
現今の血脈論争の盲点
創価学会が平成3年(1991)11月に日蓮正宗宗門と訣別してから、はや13年余りの歳月が経過した。その間、両者は自己の教義的正当性を主張しながら様々な論争を繰り広げてきた。論争のテーマは、本尊論・血脈論・法主論・謗法論をはじめ、在家信者を導師とする葬儀の是非、塔婆・戒名の要不要といった化儀上の問題にまで及んでいる。このうち最大の論点は、何といっても血脈論であろう。本尊の正当性も、法主の意義も、謗法の定義も、あるいは化儀における僧侶介在の問題も、詮ずるところは「血脈」をどう考えるか、という一点に帰着するからである。
日蓮を宗祖、日興を開山と仰ぎ、日目・日道の法系を継ぐ富士大石寺門流では、日蓮が日興に付嘱した本仏の内証(内面の悟り)が、歴代法主の「唯授一人血脈相承」(以下、唯授一人相承と略示)によって700年にわたり伝持されてきたと自負する。一方、創価学会の側は、日蓮の教えのままに折伏弘教に励み、世界190ヶ国、1000万人を超える人々に日蓮仏法を流布したという未曽有の実証を誇りとし、宗祖・日蓮に直結した「信心の血脈」が根幹であると主張する。こうして現宗門は「唯授一人の血脈」を、創価学会は「信心の血脈」を、それぞれ主張しながら論争を続け、今日に至っている。しかしながら両者の論争には、一つの盲点があるようにも思われる。
盲点とは、学会の「信心の血脈」論が大石寺26世・日寛の本尊論を踏まえて提唱されている、ということである。実例に即して説明してみよう。近年、学会の池田大作名誉会長が長期にわたって行った教学対談の中に「日蓮大聖人は虚空会の儀式を借りて、御自身の内証の悟りを御本尊に示してくださった」i「大聖人は、御自身の己心に根源の妙法を観じとり、御自身の生命のコスモス(宇宙)を虚空会を用いて御図顕された。それが、十界具足の曼荼羅本尊です」iiといった表現が散見される。これによれば、宗門において唯授一人相承の秘事とされる本仏甚深の内証はじつは曼荼羅本尊として図顕され公開されているのであり、もはや万人が曼荼羅本尊を通じて本仏の内証にアクセス可能である、という見方が生ずる。そしてその前提に立ったときには、個々人が曼荼羅本尊への信を通じて本仏の内証を直接継承する、という意味での「信心の血脈」が最重要事となるわけである。だが問題は、本仏日蓮の内証の図顕が曼荼羅本尊である、というような考え方自体を一体どこから引き出したのかであろう。その答えは、現在の学会教学の基盤となった日寛の教学に求める以外にない。事実、日寛の「観心本尊抄文段」を読むと、日蓮本仏の観点から「仏、大慈悲を起し、我が証得する所の全体を一幅に図顕して、末代幼稚に授けたまえり」(文段集458)「久遠元初の自受用身、大慈悲を起して妙法五字の本尊に自受用身即一念三千の相貌を図顕し、末代幼稚の頚に懸けしむ」(文段集547~548)などと述べられている。学会は、まさにこの日寛の曼荼羅本尊観の文脈の中で「信心の血脈」を論じているのである。
だとすれば、学会と宗門の血脈論争は、日寛の本尊論をもって日蓮の教義の究極とみるのか(学会)、それとも日寛の本尊論の他にさらなる唯授一人相承の秘法を立てるのか(現宗門)、という論争であるようにも思えてくる。ゆえに筆者としては、「信心の血脈」か「唯授一人の血脈」か、という二者択一論の前に、日寛教学は大石寺の唯授一人相承といかなる関係を持つのか、について検討する必要性を感ずるのである。その際に想起されるのは、日寛の教学展開が常に真剣な秘密開示性をともなっていたことであろう。日寛は、三大秘法、日蓮本仏論、人法体一などの大石寺門流独自の法門を論ずる際に、必ずと言ってよいほど「宗門の奥義此に過ぎたるは莫し。故に前代の諸師尚顕に之を宣べず」「これ内証深秘の相承なり」「これ当流の秘事なり。口外するべからず」などの意味深長な言葉を付した。そこには、大石寺の唯授一人相承の内容を理論的に開示しよう、との意図がありありとうかがえる。しかるに日寛教学を秘密開示性という視点から本格的に分析する試みは、今までなかったと言ってよい。
そこで筆者は、日寛教学に関して、唯授一人相承の教義の理論的開示という観点から、改めて検討を加えてみたいと思う。また、歴史的にみて日寛教学は唯授一人相承の教義の理論的公開につながったのか、という問題にも考察を進める。日寛による秘密法門の開示は、元々同門の一部の学僧たちに向けられ、相伝文献の開示も著しく制限されていた。よって長年にわたり、一般の平僧や在家信徒、門外者が日寛の諸著作に触れ、大石寺の唯授一人相承の内容をうかがい知ることは困難な状況下にあった。日寛の秘密開示が公開性を持つには、彼の諸著作やそこに引用された相伝書が、全面的に出版公開される時期を待たねばならなかったと言える。その意味では、日寛教学の公開過程に関する考察も、現代の血脈論争に有効な回答を与えるために避けて通れない重要課題となろう。
以上の観点を踏まえ、本稿では、日寛教学にみられる秘密開示性の分析を中心に考察を行っていく。そして、この考察に基づきつつ今日の法体相承論や僧宝論を再検討した後、現代において唯授一人相承の信仰上の意義をいかに考えるべきか、について最終的見解を示すことにする。なお断っておくが、本稿は大石寺門流が唯授一人相承と信じてきた教義の公開過程を論ずるものであって、何も大石寺の唯授一人相承を日蓮日興以来の歴史的事実として承認しているわけではない。大石寺の相承法門の形成過程については日本仏教思想史や宗門史の観点から更なる文献精査が必要であり、今後の研究の進展に期待したいと思う
i 池田大作他『法華経の智慧』第1巻、聖教新聞社、1996年、138ページ
ii 池田大作他『御書の世界』第2巻、聖教新聞社、2004年、226ページ